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マビノギ-Generation 0- 第二章26 第四十五話



          26


「――本当によかったのか? あれで」

 足を速めながら、ライルはぽつりとそう呟いた。
 アリアも足を止めずに、前を行くライルの背をしばし見つめる。

「あのクマはきっと、これからも人間を許さないぜ」

「……わかっています。でも……それでも、やはり私は……」

 
 ――あれから。

 なんとか一命を取り留めた小熊をみるやいなや、親熊は憎き人間から我が子を取り戻さんと力の限り暴れた。
 ライルは動けないアリアを庇い、男子生徒のほうも動こうとしないマーシャを庇ってなんとかその場を離れたのだ。そして、

「約束どおり、腕輪は壊させていただきます」

「…………」

 応急程度だが、傷を癒したアリアの言葉にもマーシャは反応しなかった。
 一言も声を発さず、呆然と男子生徒――『姫⑥』の腕輪をアリアが破壊する様子を見守っていた。

 アリアはそんなマーシャに一言だけ、ほんの一言だけ声をかけて、その場を離れたのだった。

 それから今に至るまで、ライルは押し黙ったままだった




「…………甘いと、思いますか。私を」

 一度人間を敵視した動物は、その気持ちが消えることはおそらくない。
 きっとあの親熊はこれから、人間をみたならば一層警戒することだろう。場合によっては襲いかかることもあるかもしれない。
 そうなったときに、あのときなんとかしておけば――殺しておけば――そう悔やんでも遅いのだ。

 その原因を作ったマーシャ。
 たとえ彼女を見捨てたところで、誰もアリアを非難しなかっただろう。

 でも。
 それでもアリアには、クマを殺すことが、彼女を見捨てることができなかった。

「ああ、甘い。甘すぎる」

 ライルは振り返らないまま、はっきりと告げた。
 その言葉にはわずかの同情も含まれてはいなかった。
 無論、アリアとて「そんなことない」などという台詞を期待していたわけではないが、それでもやはり気落ちしてしまう。

 俯くアリア。しかしライルの言葉はそこで終わりではなかった。

「でも――」

「……はい?」

「おれは、いいと思う。なんつうか……アリアらしい」

 走る速度を落とさないまま、振り返ったライルは困ったような、嬉しいような、そんな表情を浮かべて笑った。
 その、あたたかな日差しのような笑顔をうけて、

「私、らしさ……ですか……?」

 アリアは戸惑ってしまう。

 自分らしい。
 自分らしさ?

 どういう意味か測りかねて困惑した顔のアリアに、

「とにかく休もう。今日の残りは全部回復にあてる」

 ライルはそれっきり振り返ることはなかった。


          †


「マーシャさん……」

「…………」

 男子生徒の言葉に、マーシャはわずかに目線をあげた。
 そこには既に魔法学校の生徒が待機しており、失格となった自分たちを迎えにきたのであろうことは明白だ。
 足元に落ちた、破壊された腕輪の残骸。オーダーメイドの靴も、いまや土まみれだ。マーシャはそこで靴どころか自分自身が泥だらけであることを思い出して、埃をおとすように肩をはたいた。

「クラス〈Ⅱ〉マーシャ・カミリオン様。失格に伴い、転送魔法にて森の外までお連れします。どうぞこちらに」

 外套で頭まですっぽりと覆った魔法学校の生徒は、怪しげな佇まいに反して澄んだ女性の声だった。感情を感じさせない声音だったが、マーシャの立場を知っているのか、若干の緊張を含んでいるようにも思える。
 マーシャは彼女ではなく男子生徒へと視線を向けた。

「わたくしはよろしいですわ。自分の足で戻れます。それよりも、彼をはやく治してさしあげて」

 男子生徒は、既にぼろぼろだった。
 再び暴れはじめたクマを相手に、懸命にマーシャを庇い続けたのだ。
 もしもクマが本気でマーシャを殺そうとしていたなら、彼も今頃は死んでいたかもしれない。

「マーシャさん……すみません」

「…………はやく、お行きなさいな」

 視線をそむけたマーシャに、魔法学校の生徒はほどなく転送魔法を行使して、男子生徒ともどもその場から消えた。

「…………」

 マーシャは動かない。払っても払っても落ちない泥の跡に、やがて諦め――頭上を仰ぎ見た。
 だが、その瞳は空ではなく、別なものを映していた。

 それはついさっきまで戦っていた彼女の姿で。
 耳に残るのは、彼女の言葉だ。


『カミリオンではない、マーシャという一人の人間として、あなたは自分の行いをどう感じているのですか』


 ――いなかった。

 お嬢様としてしか、みてくれる人はいなかった。
 それは父ですら、母ですらそうだったのだ。
 そう生きることを、生まれたときから義務付けられているのだと諦めていた。

 あのとき。
 なぜ小熊に治癒光を施したのか、しようと思ったのかは今もわからない。

 だが。
 マーシャはあの瞬間、確かに義務ではない、自分の意思を感じていた。

「アリア・フェルド……」

 彼女はいった。
 別れ際に、結局ただの一度も責めることはなく、真っ直ぐにマーシャをみてこういった。


『マーシャ。あなたは確かに美しい。それは同性の私の目からみても、そう思います。でも、あなたを見逃してくれたあのクマのほうが、私にはもっと美しいと思う。外見だけを綺麗に着飾ったところで、それは本当の美しさとはいえないでしょう』


 彼女はマーシャを憎んでいたはずなのだ。
 どうしようもないくらいに、うらんでいたはずだ。
 卑怯な手をたくさん使った。彼女の友人を貶めることもした。

 なのに。それなのに。


『あなたの気持ちを聞かせてくださいマーシャ』


「アリア……先輩、か……」

 年齢のうえでは年下だろう。しかしクラス〈Ⅰ〉である彼女は先輩に違いない。これまで、クラス〈Ⅰ〉の誰一人に対しても、先輩などと敬称をつけたことはなかったけれど。

「あの人、美しかった……わ、ね」

 傷ついた身体でクマの為に涙するアリアの姿を思い起こして。
 マーシャ・カミリオンは己の完全な敗北を認めた。


 合同剣技演習――『姫と騎士』

 ⑥番ペア――クラス〈Ⅱ〉マーシャ、男子生徒組、失格。
 残り――五組。


          †


「…………」

「…………」

 沈黙が、二人を押し包んだ。
 互いの眼が向く先は焚き火。ゆらゆらと揺れる陽炎をぼんやり見つめて、二人はただただ押し黙った。
 夜の闇に、薪がぱきりと火の粉を飛ばす。

「……そんなことが」

 先に口を開いたのはアリアだった。
 合同剣技演習もじきに期限である三日目になろうとしている。それまでの間の、互いの時間を埋めるための会話はライルのゼオードとのやり取りをもって締めくくられたのだった。

「ソフィアも、ナキシンも、ゴウもタロンも……みんな、おれのせいで……」

 照り返る光の加減を除いても、ライルの顔色はお世辞にもいいとはいえなかった。自信と優しさを讃えたいつもの笑みが、そこにはない。

「……ゼオード・グラシア、ですか」

 アリアもゼオードとの戦いについては既にライルに話している。だが、その先日に受けた雷光弾による腕の傷のことは隠したままだ。

「ちくしょう……!」

 掌と拳を重ねて、悪態づくライル。

 その気持ちはアリアにもよくわかった。
 目の前で、他者が傷つけられていくのをみていることしかできない自分。その無力さ加減は、身を切られるよりもずっとつらい。
 まして、アリアにとっては危ういところを助けられるかたちとなったゴウが――あの、ゴウ・バーグリーが敗れるなど想像もしていなかった。
 クラスメートとして、彼の強さを知るからこそ、ショックも大きい。

「…………」

 アリアは両手の拳を握って、ぐっと力を込めた
 左腕は問題ない。度重なる戦いで傷ついていた腕もいまや完全に元通りだ。
 だが右は。右腕はそうではなかった。
 先日の傷はいまだ癒しきれていないらしい。ダメージの深さと応急処置の差である。アリアは治癒という面においてもライルの腕に感服せずにはいられなかった。

「…………」

 その彼が、いま心を痛めている。
 年上で、男性で。最強と呼ばれる、クラス〈Ⅰ〉きっての天才。

 そんな彼が、悩んでいる。
 アリアは別段、彼を特別視しているワケではない。偶像や、英雄のように思っているワケでもない。それはきっとカトレアたちクラスメートも同じだろう。
 しかし圧倒的なまでの才気に、遠い存在のように思えていたのもまた事実だった。
 ライルとはこれまでただのクラスメート以上の会話を交わしたことはなかったが、いまはひどく身近な存在に感じられた。

 ――ああ、この人もまた必死に悩みながら生きているのだ。

 同じなのだ。自分と同じ。

 ならば、ないのだろうか。いま、彼のためにしてあげられることはないのだろうか。
 アリアは静かに瞳をとじて、古い記憶をたどった。

 ふたたび薪が炎のなかで小さく爆ぜた。

「『――そなたが誰かを嫌えば、そなたの感情は彼を傷つけるのではなくそなたの魂に傷を与える。傷ついた魂を感じ、癒すことはとても苦痛な時となるであろう』」

 夜の帳にのせて、歌うように言葉をつむぐ。

「……それは?」

 顔をあげて視線をよこすライル。

「ライミラク神様のお言葉です。誰かを嫌うということは、同時に自分の心を傷つける行為となる。醜い己の心をみつめる時間は、なによりも辛い」

 アリアは胸元に手を当てて、再び瞳を閉じた。

「私は、強さとは信念にあると考えます。信じるもの。目指すもの。それらに向かうために努力する。だから強くなれる」

「…………」

「あなたには力がある。私など到底及びもしない強さがある。それはあなたの信念を支えるものです。決して無駄ではなかったという証なのですから」

 聞き入るライルに、アリアは瞳をひらいて言葉を続ける。

「怒りにとらわれないでくださいライル。悲しみの矛先を間違えないでください。自分を……傷つけないでください」

「アリア……」

 ゆらめく炎に、二人の視線は自然と集まる。

「……不思議だな。アリアにそういってもらえると……なんだか、すごく落ち着く。神様へ懺悔ってしたことねえんだけど……もしかしたらこういう気持ちになるのかもな」

 少しの沈黙のあと、ライルは肩をすくめて笑った。

「そういえばアリアの家は、ティルコネイルの聖堂だったっけな」

「はい。姉のエンデリオンが司祭を勤めています。……私もかつては姉さんのような司祭になりたいと、勉強に励んでいたことがありました」

 感心したように頷くライルをみて、アリアは僅かに言いよどみ――「結局、今のような生き方を選んでしまいましたが」と付け足した。
 その胸に去来するのは、遠い日の約束と決意だ。
 姉のような司祭になりたいという夢を諦めて、騎士を志すことを決めた遠き日のこと。

「……すごいな、アリアは」

「え……?」

 瞬間、意識を遠くに馳せていたアリアは軽く首を振ってライルをみつめた。

「そうやってちゃんと自分で決めて、ここにいるんだもんな。おれとは大違いだよ」

「私は、そんな……」

「おれの家は婆ちゃんと二人暮しなんだ。ガキん頃に、親父もお袋も……兄貴も死んじまってさ。自慢じゃねえけど、昔は結構な金持ちだったんだぜ。一流の貴族ってやつでさ。おれもよく作法だなんだってうるさく叱られたっけな」


          †


 ラングル家はイメンマハにおいては上流にはいる貴族の家柄だった。

 その歴史は古く、ライルの祖父の代でもなんら衰えることはなく、父の代にもなるといよいよ隆盛に向かった。もって生まれた容姿もあいまって、ライルは外を出歩くたびに見知らぬ大人から注目され、同い年の男女からは賞賛の声をうけて育った。
 次男坊に生まれたライルにとってもこれらの出来事は誇らしく、また大好きな家族が皆に慕われているのが純粋に嬉しかった。

 父は厳しい人だった。でも何かを決断するときは頭が禿げ上がるくらいにいつだって悩んでいることを知っていた。

 母はとても優しい人だった。ときどき「失敗しちゃった」と笑う顔が好きだった。

 格好いい兄。家督を継ぐのは間違いなく兄なのだと信じて疑わなかった。ライルよりもずっと頭がよくて、ずっと強い。歳は離れていたけれど、意地悪をされた記憶もたくさんあるけれど、まさに理想の兄で。

 そして――ばあちゃん。

 ライルは家族が大好きだった。
 家族を愛してくれる、街の人たちが大好きだった。
 いずれおおきくなって、この素敵な街をもっともっと多くの人が住めるように良くしたいと思うほどに。

 その日がくるまでは。


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