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マビノギ-Generation 0- 第一章02 第六話



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「ア~リ~アッ! おつかれさま! ねぇねぇどうだったどうだった?」

 練習場を出て、更衣室に入ろうかという時だった。ドンッと背中を突き飛ばされてアリアは扉にぶつかりそうになる。

「……カトレア、危ないですからそういう真似はやめてくださいと前にも注意したはずですが」

 アリアはつぶやく様に言い放つと、咎める視線を背後の人物へと向けた。
 そこには自分と同じ制服に身を包んだ少女の姿だ。年の頃はアリアよりも若干幼く見える。薄桃色の髪の毛は肩より少し短く、外側へゆるやかにはねており、やや垂れ気味のぱっちりとした瞳が印象的だ。

「もーう、相変わらずそんなクールぶっちゃって。それよりどうだったの実技試験! はやく教えてよー! あたしの番はもう次の次の次の次に回って来ちゃうんだからーッ!」

 早口にまくしたてるとカトレアはアリアの頬をぷにぷにと人差し指で連打する。

「ひょれを……コホン。それを私が口外してしまっては先の者と後の者で有利不利ができてしまうでしょう。私の口からは言えません」

 頬をつつくカトレアの手首を鬱陶しげに掴み、ゆっくりと離しながらそう言った。

「そんなこと言わずに少しだけ! ねっ?」

「ダメです」

「ちょっとくらいなら……」

「ダメです」

 取りつく島なし。拝み倒すように重ねた両手をおろすと、カトレアはぷくぷくとした頬を一層膨らませる。

「はぁ~……もう、アリアならそういうと思ったけどさぁ。もっと要領よく生きないとダメだよ! だいたい友達甲斐がないよ! ケチだよね、ケチケチ! 頑固だし! 私服はダサいし! 胸はぺったんこだし!」

「なっ……!」




 はずみで――というには実に軽快にぺらぺらと悪口を並べていくカトレアに、アリアの表情はみるみる険しくなっていく。

「……言いたいことはそれだけですかカトレア」

「あ……じゃ、じゃあ、あたしそろそろ準備しなきゃだからっ! またねえアリア!」

「待ちなさい、カトレア。貴女に少し話があります」

 きゃあ、と小さく叫ぶとカトレアはあっという間に廊下の奥へと消えてしまう。

「何を言い出すかと思えば……」

 アリアは視線をおとして、自身の胸部をみつめた。

 確かに。
 確かに、じきに一五という年歳を迎える同年代においてはやや成長が遅いような気がしないでもない。しかしそれはあくまで遅いだけだ。時期がくればこんなものはいずれ皆、大差がなくなるに違いない。そう、そうに違いないのだ。
 だから今、仮に、平均以下だったとしても気にするようなことは何もないのだ。そう、断じて気にしてはいない。

「まったく…………」

 ため息をついて、思考を止める。

 ふと視線を校舎の外に向けると、そこは今ではすっかり見慣れた学校の校庭だ。
 その端には布に包まれた木製の人形が横たわっており、飼葉のごとく幾重にも積み重ねられ、山を築いていた。
 訓練人形――ティルコネイル剣士学校の生徒ならば最初のパートナーともいえるそれは、普段ならば校庭に所狭しと配置されているものだが、今は全て撤去され、校庭はこんなにも広かったのかとアリアに実感させた。

 よくよく耳を澄ませば、普段は校舎のどこかしこから聞こえる学内の喧騒も鳴りを潜め、改めて全校生徒にとっての――いや、一部の生徒にすれば地獄のようなイベントである学期末試験の真っ只中という、ぴりぴりした空気が学校全体を包み込んでいるのがわかる。

 アリアは小さく身震いをすると、今度こそ更衣室へと入った。
 
 簡素なつくりのやや広々とした更衣室、そこには案の定と言うべきか人影はなかった。
 試験は数日に及んでクラスごとに行うもので、最上級生ともいえるアリアのクラスで今時分もたもたと着替えをしているような呑気な生徒はいない。

 アリアは腰の皮製のベルトに手をかけると試験用の模造剣をはずし、視線をロッカーの横へと向ける。
 そこには誰が書いたのか、決して達筆とはいえない字で大きく『へんきゃくばこ』と書かれた木箱があり、アリアはその箱に自身の使っていた剣を丁寧に横たえる。

「これでよし、と…………む」

 そのまま『へんきゃくばこ』から視線をはずそうとして、ふとある事実に気付き視線を戻した。
 そこには今自分が返却したものを除いて、既に三本の模造剣が返却されており、内一本、その向きが逆になっている。

「わざわざ逆向きにする必要もないだろうに……だらしのない」

 独り小さく愚痴り、その向きを正しく並べなおす。
 そして両手足を保護していた鉛色の手甲と足甲をはずすと、布にくるむようにして大きめのカバンへとしまい、入れ替えに革の靴を取り出して履く。

 トントンと床を叩く軽快な靴の音を足に感じながら、背後の大きな鏡へと向き直ると、頭の一つ高い位置でとめていた髪留めの結び目をみつけて、引っ張った。
 すると、その金の髪は重力を感じさせない綿毛のように、ゆっくりと左右に広がり、肩の少し下あたりでその動きをとめた。

「いい加減、そろそろ切りたいものだが…………」

 アリアは鏡に映し出された端麗な顔つきを曇らせると、解いたばかりの髪を人差し指へくるくると巻きつけた。
 同時に、頭の中にカトレアの「ダメぇえええええええええええッ!」という絹を引き裂く勢いの悲鳴が聞こえる錯覚に陥り、嘆息をもらす。

 アリアにとって、悩みの種ともいえる一つがこれだった。

 騎士を志した日から、アリアはこれまで幾度となく髪の問題にぶつかってきたのだ。
 髪を男のように短く刈り上げようと相談をもちかけたときの、尊敬する姉が見せた哀しそうな顔。妹や弟は泣き出し、終いには自分がなにか酷く悪者のように思えたものだった。

 ならば友人にと、カトレアに理解を求めて相談を持ちかけたのだが、まるでこの世の終わりとばかりに口元を歪めてようやく発したのが、先ほどの悲鳴である。
 以後、毎日のように「髪を切らないで」「髪は女の命」「あなたは騎士にはなれても男にはなれないのよ」と説得される毎日だ。

 そこまで言われ続けるともはや呪詛かなにかにしか聞こえない友人の言葉はいまなお、アリアの心を苛んでいる。

 つまり――――それほどまでに、見る者全てを魅了する天使のような髪をもっているのだが、アリアにしてみれば枷をつけているようで落ち着かなかった。髪を短くできればより一層、たくましい剣士になれるのではないだろうか。

「と、呆けている場合ではなかった」

 今日で全てのクラスは学期末試験という工程を終え、明日は身体を休めるための休日だ。
 普段は寮生活で滅多に帰れないのだから、今日明日くらいは実家の手伝いをしなければ――。

 アリアは慌ててカバンをひっつかむと、普段ならば決してやらないであろう、更衣室の扉を勢いよく開け放ち、

「きゃっ!」

 大きな衝撃にその勢いを阻まれてしまった。

 一瞬、なにが起こったのかと目をぱちぱちと瞬かせるも、すぐに扉の影で額を押さえて睨み付ける人物に気付く。

 それは同性であるアリアですらはっと息を呑むほどの美少女だった。
 腰まである長く艶やかな黒髪は癖毛とはまるで無縁であろうストレートで、頭頂部を左右それぞれ結っている。暗めの紅いコートが膝丈までを覆っているが、色特有の派手さはなく、逆に美少女の力強い紅玉の瞳を引き立てている。見慣れない顔だったが、年はアリアよりも一つ二つくらい上だろうか。

「あ…………も、申し訳ありません! 私の不注意です! あの、お怪我はありませんか……?」

 慌てて頭をさげるアリア。

「…………お怪我は……ありませんかですって?」

 美少女のやや鼻にかかった不機嫌そうな声はお世辞にも聞き取りやすいとはいえなかった。恐らく額と同時に鼻も打ったのだろう。アリアはただ繰り返し申し訳ありませんと謝るしかなかった。

「私のこの現状をみて、お怪我はありませんかとそう聞いているわけね、貴女は。だとしたら相当目に問題があるから、すぐにヒーラーにかかることをオススメするわ」

「……はい?」

「そうね、まぁ幸い傷が残ったりはしないと思うから三万ゴールド。それで手を打ってあげるわ。よかったわね、私が寛容な心の持ち主で」

 ――この人は一体何をいっているのだろうか。

 アリアは、初対面である目の前の美少女がつらつらと並べていく、罵詈雑言を含めたあまりの物言いに思わず目を丸くした。
 無論、いくら見た目が美しかったからといって中身も淑やかで清廉潔白であるとは限らないのだが。

「なによ。まさか私の玉の肌を傷つけておいて嫌なんていうんじゃないでしょうね」

「……みたところそれほどの外傷は見受けられませんが。確かに今のは私の不注意からなる事故でしたが、金銭を要求するほどの怪我だとは到底思えません」

 しかし美少女は、言い返されたことに別段気を悪くした様子もなく、ふっと小さく鼻で哂った。

「貴女はヒーラーなのかしら? 外傷がなくても世の中には不治の病を抱えた人なんてごまんといるのよ? 大丈夫と言い残して次の日に息絶えた人のことを思えば、万全を期してヒーラーに診てもらうのは当たり前のことなの。検査料、維持費、迷惑料、手間賃。それら全てを踏まえたうえで三万ゴールドで手を打ってあげるっていっているのよ。はっきりいって、安いわ! 格安よ」

 掌に肘先を乗せてなおも雄弁に理屈を並べ立てていく美少女。

 なんたる言い草だろう、とアリアは閉口した。
 無論、言いたいことは山ほどある。むしろ何から言えば良いのか考えなくてはならないほどだ。

 しかし――である。
 自らの不注意が招いた事故であるという想いがアリアの不満に小さなくびきを打つ。

 もちろん、相手の言い分が全て正しいとも思えないが、言っていることはそれなりに筋道の通ったものだし、提示している三万ゴールドという金額も大金ではあるが決して払えなくもない額だ。
 それは、アリアが幼い頃から無駄遣いすることなく貯金を続けたほぼ全額ではあるが。

「…………わかりました、責任はとります」

「当然よ。さ、ほら」

 美少女は掌を差し出し、ひらひらと上下させた。痛みなど最初からなかったかのように満面の笑みを浮かべて。
 しかしその破顔も次の瞬間にアリアの発した「ただし」という言葉に凍りつくこととなった。

「ヒーラーには当然私も付き添いますし、それによって発生する費用は貴女の提示どおり全て私が支払いましょう。幸いこの村には腕の良いヒーラーがいますので」

「ちょ……いいわよ、そんなの」

「いいえ、そういうわけには参りません。もしもこの私が開け放った扉によって、不治の病などにかかっておりましたらそれこそ放って置けませんので」

 わざと不治の病という部分を強調して発言する。
 今度は美少女が閉口する番だった。一瞬、苦虫を噛み潰したかのような表情になったが、すぐにその口元を綻ばせる。

「……へぇ、そう。どうも世間知らずの田舎娘ってワケじゃなさそうね、貴女」

「あなたの要求が正当なものであるならば、私もここまで警戒はしないのですが」

 美少女はやれやれといった具合に肩を竦めると、まるで悪びれた様子もなく居直った。

「いいわ、私も正面から喧嘩を売られておとなしく引き下がるような性格してないのよ。こうなったら徹底的にやってあげようじゃない」

「先に不当な要求をしたのは――――」

 あなたのほうだ、というアリアの言葉は続けられることはなかった。「ちょっと」という第三の声がそれを遮ったからだ。

「あなたたち! 廊下で騒がないの。今は大事な学期末試験の最中よ。教室でおとなしく順番を待ってなきゃダメじゃない」

 いつから見ていたのか、声の主はアリアの背後から現れた。
 それは知的な目つきと唇が印象的な女性だ。真ん中から分けた赤のウェーブヘアが肩まで伸びていて、体型はややスリム。ツーピースの濃紺色を基調とした正装は、剣士学校に併設された、魔法学校の教諭を示すものだ。

「ラサ先生」

「アリアちゃん。珍しいわね、あなたが騒ぎを起こすだなんて。一体なにごとかしら?」

 学科は違えど、申し訳ありませんと謝罪するアリアが自分の見知った生徒であることを確認してラサはもう一人、美少女の方に視線を向ける。

「あなたは? どちら様かしら。校内は学校関係者以外立ち入り禁止なのだけど」

「まったく無関係と言うわけじゃないから見逃してくださらない、ラサ先生。ご無沙汰しています」

「ご無沙汰って……あら。あなた、もしかしてエリネちゃん?」

 はい、と頷く美少女、エリネは先ほどまでとはうって変わって神妙な態度でラサに接する。あまりの変わり身に、アリアは毒気を抜かれた気分になったが、それはエリネも同様だったようだ。アリアの視線に気付くと、きまり悪そうにふん、とそっぽを向いた。

「あの、ラサ先生。お知り合いですか?」

「ええ。正確には彼女のお父上とだけど。アリアちゃん、エリネちゃんと何かあったの?」

「はい、実は――――」

「ラサ先生を探して迷っていたところを助けていただいたんです」

 アリアが口を開きかけたところに、エリネが言葉をかぶせてつなげる。
 もちろんそんな事実は一切ない。しかし非難の声をあげようとして、再び言葉を重ねられてしまう。

「いえ、違いま……」

「本当にありがとう。そういえば私ったらまだ自己紹介もしていなかったわね。エリネ・カシュートです、よろしくね」

 そう言って強引にアリアの左手をとると包み込むように握手する。

 ぎゅぅぅ。

 気のせいかそれは握手と言うよりも万力に締め付けられているかのような感覚だった。

「…………アリア・フェルドです。よろしくお願いします」

 ぎゅぅぅぅぅ。

 はたして、意地の張り合いは握力の勝負へと発展した。


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