オンラインMMO『マビノギ』をモチーフとしたオリジナル小説【メインストリーム-Generation 0-】を中心に扱っております

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マビノギ-Generation 0- 第一章06 第十話



          6


 ティルコネイルより南に数里ほど下った坂道の先のトゥガルドアイルには伐採地がある。

 今は資材用にまとめられた木材が所狭しと置かれているが、いずれはここも綺麗に改装されてティルコネイルと南のダンバートンを結ぶだけでなく、首都タラへとつながる道が開通する予定だ。

 その伐採地を、切り崩された木々に沿って道なりに東へと抜けるとトゥガルド居住区と呼ばれるエリアだ。
 今はまだ居住区というのは名ばかりの、作りかけの家々が乱雑に立ち並ぶだけの場所となっていて、人もほとんど住んではいない。

 その中で例外とされるのが居住区でもとりわけ大きく場所をとっているティルコネイル学生寮である。



 ――巨大なパンダがでんぐり返りながらサイコロを追いかけていた。

 カトレア・ユアレという名の乙女の、今日の夢はそんな内容だった。

 目覚めたばかりの頭は依然ぼんやりとしていたが、恐らく今このときしか夢の内容は覚えていられない気がした。



 そしてこんなとき、カトレアはいつもこう思うのだ。そもそもなぜ夢は覚えていられないのだろうか、と。

 カトレアは前に、夢から覚めた瞬間に涙が滝の如く止まらないほどの感動巨編をみたことがあった。そしてこの素晴らしさをなんとか皆に広めようと、忘れないためのメモをとったのだ。しかし顔を洗って、着替えて、いざ出かけるぞという段階でどきどきしながらメモに目を通してみるとどうだ。

『王子様がお姫様を助けてかうんたーぱんち☆ そこはさながら地獄の天国。飛び出る星、唸る太陽! 危ない気をつけて。そこはあなたの華麗なジャガイモ』

 意味がわからない。

 太陽が唸るのはいいとして星はどこから飛び出たんだ。
 そもそも地獄の天国ってなんだ。
 気をつけるのはお前だと言ってやりたくなる。

 つまり。

「つまりぃ、夢を正確に記憶しておくためにはこのうつろなじかんをだいじにすごすべきでありぃ~……そのためにはぁ…………ぐぅ」

 ……その為には、二度寝こそが最善なのである。



「嘘ッ! もう一〇時なの?」

 次にカトレアが目を覚ましたのは太陽が既に空高く上がっている時間だった。狭い部屋に唯一つしかない壁掛けの時計は無情にも現実の厳しさを彼女に突きつけた。

 ここは剣士学校女子寮の二人部屋である。といっても本来二段ベッドの二階に寝ているはずの金毛の少女は、昨日から自宅であるティルコネイル聖堂に帰省しているため、今は一人部屋といってもいい。

 普段は口うるさく、融通が利かない、正直に言えばたまに鬱陶しいとすら感じる同居人の存在は、こうして考えてみると実に重要だったのではないかと思う。もしかしたら彼女がいなければ毎日遅刻せずに寮生活を送るなどということは不可能なのかもしれない。

 そんなことを考えながらカトレアはベッドから抜け出し大きく身体を反らしてストレッチした。そもそも布団が心地よすぎるのが問題なのだ、と言い訳する。

「…………でもなあ」

 自分のこれからの予定にカトレアは想いを馳せた。

 今日は休みだが、明日から数日は合同剣技演習。そして演習休みを挟んで終業式を行い、待望の長期休暇といった具合のはずだ。カトレアも年越しは自宅で過ごせるように帰省届けを出していたから、順当にいけば終業式後に実家に帰ることになる。

 ――とすると。

「こうしてゆっくり寝られるのって今日だけかもしれないのよねぇ~……」

 どてっと再びベッドの上に倒れこみながら、誰にともなく呟く。帰省しても、連休だからといっていつまでも寝ていれば両親が口うるさく文句をいってくるのは目に見えている。ごろごろだらだら過ごせるのは確かに今だけなのかもしれなかった。

 どうしたものか。

 昨日の実技試験を経て、学期末テストの総合結果は今日の夕方には貼り出されるはずだ。その結果如何で合同剣技演習への参加可否が決まるのだからこれは確認しに行かなければならない。だが――それを差し引いてもまだゆっくり眠れるだけの時間と、怠惰な精神は残っている。

「でもお腹へったなぁ~……」

 昼近くまで眠っていればそれも道理だ。何もしていないのにお腹が減るというのは何か理不尽なことのように思えたが仕方ない。誰かが今この場においしい朝食をもってきてくれればそれが一番なのだが。

 カトレアは睡眠欲と食欲の間でしばしの葛藤を見せ――結局、食欲をとることにした。


          †


 学生寮は居住区の東に男子寮、西に女子寮といった具合に離れて建てられており、ちょうど互いの寮の中央となる位置に大食堂があった。
 今は居住区そのものが未完成なことも相俟って、学生寮には食堂が備え付けられていない。その為、男女問わず学生寮に住む者であればこの大食堂を利用することになる。いずれ居住区に人が賑わえばこの食堂も様々な人で賑わうのかもしれないが、今ここを訪れるのは学生ばかりだった。

 だから、連休を目前に控えた昼前の、至極中途半端な時間にここにいるのは学生といえど彼くらいなものだろう。

「…………」

 食堂の端の席。今年で十五になるリオン・ハルセーは青みがかった、少年に似つかわしくない伸びっぱなしの長髪を撫でて、手元の本に視線を落としていた。

 彼は別段食堂が好きなわけではない。朝一番に訪れて食事を終え、食休みに本を読んでいたらいつのまにか周囲の騒々しさは消えて、自分だけになってしまっていたのだ。
 とはいえ、連日行われていた学期末試験がようやくひと段落したのだから、それまで控えていた趣味の読書についのめりこんでしまうのも無理はなかった。

 こんな時間がずっと続けば良いのに、と彼は至福の時を味わっていた。

 そう、彼女がやってくるまでは。

「おばちゃ~ん。定食一つおねが~い。もうお腹ぺこぺこであたし死にそうだよぉ~」

 力なく、か細い声を絞り出してカウンター越しの厨房に声をかけると、彼女は薄桃色の髪の毛を上下させながらそのままふらふら長テーブルに歩み寄り、身体全体でぐったりと突っ伏した。

「ん~? おやまあこんな時間に誰かと思えばカトレアちゃんかい。そういえば今朝は姿がなかったねえ。もしかして朝から何も食べてないのかい?」

 暖簾の隙間から食堂内を一望するように出て来たのは髪をひっつめて白の三角巾をつけている恰幅の良い女性だ。

「あぅ~……寝坊しちゃったんだよぉ。だって誰も起こしてくれないんだもん。アリアは昨日から実家に帰っちゃってるしさぁ」 

「ああ、ああ。そういえば昨日、アリアちゃんがわざわざあたしのとこに来てくれたよ。『今年も美味しい食事をありがとうございました、どうかよいお年を』だって。あたしらはそれがお仕事だから気にしないでくれっていったんだけどねえ、本当にいい子だよ」

「ぶう。その言い方じゃあたしがいい子じゃないって聞こえる」

「そうだねえ。この時間まで寝ているような寝ぼすけはちょっといい子じゃないかもねえ」

「ひっど~~~いっ! ああぁ……大きな声出すと力が抜けちゃう~……」

 彼女――カトレアは豪快に笑うおばちゃんに向き直って立ち上がりかけたが、再びずるずるとテーブルに倒れ付してしまう。

「仕方ないねえ。あいにくまだお昼前だからね。この時期はうちを利用する子も少ないし、朝の残りものしかないよ。それでよければちょっと待ってな」

「はぁーい……」

 おばちゃんが暖簾をくぐって厨房へ姿を消したのを見送ってから、食事にありつけることを安心したのだろう。カトレアは、はふ、と小さく息を漏らした。そして身体を動かすのも億劫そうに腕を伸ばし、手近な椅子をひいてその上に滑るように座り込んだ。
 おばちゃんが戻ってきたときに、いつまでも長テーブルに突っ伏しているとまたなにか言われると思ったに違いない。

 そしてそこで、目があってしまった。

「あ」

「…………」

 しまった。

 リオンは慌てて視線を手元の本へと戻す。が、既にそれは遅すぎた行為だった。
 長大なテーブルを二つ挟んでの邂逅だったが、すでに距離はないものと考えていい。

 何も観察したくて観察していたワケではない。騒々しくされて本を読むどころではなかっただけだ。
 だというのに、どうしてこうも後ろめたいのだろうか。いや、これはむしろ今すぐ逃げ出したいという気持ちなのか。 

 ――ああ。要するに彼女に会いたくなかったということか。

 そんなことをリオンが結論づける間に、当の彼女は嬉しそうに手を大きく左右に振った。

「リオン! な~んだ、いたなら声くらいかけてよぉ。もう、冷たいんだから! ……っていうか今シカトしようとしたでしょ」

「……してねェよ」

 渋々ながら返事をするリオン。

 カトレア・ユアレ。同じティルコネイル剣士学校クラス〈Ⅰ〉の女生徒。リオンは彼女が大の苦手だった。

「うそォ。あたしと目が合った瞬間伏せたもの」

「本を読んでいるだけだ。まぁ、お前に会いたくなかったってことは否定しねえよ」

 わざとそっぽを向いて、一刻もはやく追い払おうと語気を荒げると、彼の思惑とは裏腹に軽快な足取りで自分の対岸の椅子に座るカトレア。
 ちらりと横目でみると、先ほどまでの鈍重な気配が完全に消えている。例えるなら玩具を与えてもらった子供といったところか。

「まーたまたっ! そんなこといって本当はあたしに会えて嬉しいくせに。ね、ね、何読んでるの?」

「嬉しくない」

「嬉しいでしょ」

「嬉しくない」
「あ、照れてるんだ」

 それだ、といった具合に人差し指を突きつけてくるカトレア。胃の奥に不快感が募るのを感じたが、リオンは努めて冷静に、あとの質問に答えることにした。

「……魔法書だ。最近は学期末試験の備えばかりで魔法の勉強が滞っていたからな。俺はこっちも疎かには――」

「ああぁ――――――――ッ!」

 突然両手をぽんと重ね合わせて天井を見上げるように立ち上がるカトレア。

「うるせえな。人の話を遮るんじゃねえよ」

「そうか、そうよ。わかった、わかっちゃったわ。ふっふっふ」

 なにやら勝ち誇ったように流し目を向けてくるカトレア。口元はだらしなく歪み、なんというか、むかつく顔だった。
 目が合った瞬間からある程度覚悟はしていたものの、リオンは苛立ちに拍車がかかるのを感じた。

 しかし、次の言葉で完全に頭の中を真っ白にされるとまでは予想できなかった。

「リオン、アンタ。あたしを待っていたんでしょう?」

「……………………は?」

「そうよっ! こんな朝とお昼の中間っていうよくわからない時間にこの食堂にいて、さも『本を読んでいますがなにか?』って顔してるけど、本当は今朝あたしが来ないことを心配して……ああでも女子寮には入れない! 俺は一体どうしたら……と結局こうして食堂でうじうじと待ち続け、いや待ち焦がれていたのよ。嗚呼、なんと罪作りなあたしっ! でもねごめんなさい、あたしには心に決めた人がっ!」

「…………」

 これは、才能だな。

 リオンは思った。

 人から生きる力を奪う才能だ。本が腕からずり落ち、床にゴトリと音を立てる。しかしそんなことは全く気にならなかった。今、目に映るのはまだ話し足りないのか、素敵なメルヘンワールドを繰り広げ続けるピンクの魔人。いや、変人か?

 口をあけて見つめる視線に気付いたのか、魔人は突然もじもじとリオンの様子を伺いだした。 

「あ……やだな、ごめんね? あたしったらつい真実を突いちゃったみたいで……そうだよね、こういうことって男の子は自分から言いたいはずだもんね。じゃあ聞くわ。どうぞ?」

 リオンは声が震えた。
 なぜか腹に力が入らず、喉から搾り出すように声をだす。

「そ……………………ね……」

「うんうん? 聞こえないってばー。そんな恥ずかしがらずにいって――――」

「それだけは、絶対にねえ――――――――ッ!」


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