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マビノギ-Generation 0- 第一章12 第十六話



          12


 夜気を含んだ風がアリアの頬をなでる。暮れてゆく太陽と、昇ってくる月とが色のコントラストを生み出し、姿を現したイウェカがティルコネイル広場を赤銅色に染めていた。
 その中央で尽きることなく話題を出し合っていた主婦たちも、それぞれの家における夜の戦場を予感し、挨拶もそこそこに切り上げてゆく。

 肌寒い風をその身に感じながら、アリアは深呼吸をしてその空気で肺一杯を満たした。
 同時に雑貨屋の扉が開き、アリアが振り返るとカトレアが姿を現した。

「あっちゃー、こりゃ学校つくころには暗くなってるかもねえ」

 カトレアは灯る街灯に視線を移しながらそういった。
 妙に上機嫌である。アリアはこういうときのカトレアは何かを隠しているのだと知っている。

「じきに一七時をまわります。結果発表は一六時と聞いていますから、もう貼りだされているでしょうね。ところで、何を買ったのですか?」

 並んで歩きながら広場の時計に目をやって、アリアは何気なく聞いてみる。無理に追求すればきっと彼女の性格からいって教えてはくれないからだ。

 しかしそんなアリアの思惑もあっさり破られてしまう。

「ナイショ。ふふふ、いいものだよっ。い・い・も・の」

 彼女は意地悪そうにニッと笑って、買ったらしき品物をさっと後ろ手に隠した。一瞬みえたのはてのひらに乗る程度の小さな小箱だ。綺麗に包装されており、何が入っているかまではわからない。小物かなにかだろうか?


 漠然と考えたが、もともとそういった嗜好品に興味の薄いアリアには皆目見当もつかず、結局考えるのをやめた。
 そして自身の手提げ袋の重みを感じて、思わぬ今日の収穫に小さく微笑んだ。

「私も思いがけずよい買い物をしました。これで弟や妹が少しくらい割ってしまっても当分はなんとかなりそうです」

「お皿なんていつでも買えるのに。アリアはもっとさ、オシャレしたいとか思わないの?」

「贅沢品に使えるほどお金に余裕があるワケではありませんので。それに、私などが着飾ったところで滑稽なだけでしょう。きっと似合わない」

「そうかなあ。きっと似合うと思うよ? アリア綺麗な髪だからさ、リボンとかしてみたらどうかな? ふふ。あのねっ実は――」

 ドンッ。

 雑貨屋の角を曲がったところで、並び歩く二人の間を小柄な少女が勢いよく飛び込んできた。
 アリアもカトレアも小さく声を漏らしながら、瞬時に体躯を流して衝撃を最小限に留める。剣士学校クラス〈Ⅰ〉の生徒らしい鮮やかな体さばきだ。

 だが、当のぶつかってきた少女のほうは恐らく全く予想していなかったのだろう。大きく姿勢を崩して盛大に転んだ。同時に少女のものと思われる大口のカバンが二つ、地面を揺らした。

「あうっ……イタタタ……あっ! あのっ……あの、ごめんなさい。ごめんなさい。わたし、ちゃんと前をみていなくって、あの、ごめんなさいごめんなさい」

 寝転んだまま手をついてぺこぺこと頭を下げる少女は同じ剣士学校の制服を着ていた。スカートの色は青。クラス〈Ⅱ〉の生徒だ。短く切りそろえられた黒の髪。ずりさがった瓶底のように分厚いメガネからは反射して少女の瞳は見えない。

 だがアリアはこの少女のことを知っていた。

「メルシェス。久しぶりですね。……大丈夫ですか?」

「なぁに、アリアの知り合いなの?」

 ぶつかった肩を押さえながらカトレアが問う。

「はい。彼女――メルシェスとは去年まで同じクラスでした。私の友人です」

 メルシェス・トーラはアリアが昨年まで在籍していたクラス〈Ⅲ〉の同級生だった。おとなしく、引っ込み思案な彼女と生真面目の塊であるアリアは妙に気が合ってすぐに打ち解けた。アリアにとってはクラス〈Ⅲ〉で過ごした一年はメルシェスと共に過ごした一年でもあったのだ。

 本来ならば順当にクラス〈Ⅱ〉でも同級生となるはずだったが、一刻も早く卒業したいと考えているアリアは、クラス〈Ⅰ〉への飛び級試験を受けた。飛躍的に難易度の上がるその試験を経て、見事に合格したアリアは入学二年目にしてクラス〈Ⅰ〉への進級を果たした。しかしそれは同時に友人たちとの小さな離別も意味していた。

 事実、同じ学校だというのに進級以来ろくに顔をあわせることすらなかったのだ。アリアは思わぬ再会に微笑んで、転んだままの彼女に手をさし伸ばそうとした。

「あらあら?」

 だがその手を遮るように眼前に青のスカートが割り込んできた。それも一つではない。二つ、三つと付き従うように並び、アリアはなにごとかと顔をあげて彼女らを見やった。

 スカートの主はアリアたちには目もくれず、メルシェスに向かって仁王立ちをした。
 いでたちはアリアたちと同じ。唯一色の違う青スカートはいずれもクラス〈Ⅱ〉の生徒であることを物語っている。三人とも腰に帯剣しており、年の頃は十七、八といったところだろうか。真ん中の、ひときわ長身の少女がゆるやかに渦を巻いた栗色の長髪をなで上げて、倒れるメルシェスを深緑の瞳で見下ろした。

「どういうことですのメルシェスさん。わたくしのカバンが汚れてしまっておりますけど?」

「あ、あの、わたし、転んじゃって……その」

 目を伏せてたどたどしく説明するメルシェスに、少女は微笑んで、

「見ればわかりますわ。貴女のことなんてどうでもよくってよ。貴女に持たせてあげていたわたくしのカバンがどうして汚らしい地べたに転がっているのか。それを質問しているんですの」

 同時に地から浮かせた靴先を、メルシェスの頬に容赦なく叩き込んだ。

「――愚図。本当に使えない子ですわ。あなたのような人がこのわたくしと同じクラスだなんて、悪い冗談ですわね」

 立ち上がりかけたメルシェスは蹴りをまともにくらって、声もなく倒れた。

「メルシェス! 貴様達なにを――――」

「ちょっとアンタたち! なんてことすんのよ――――――――ッ!」

 アリアの声をさらに大きな激昂が遮る。カトレアだ。

「その子転んで倒れてたのよ? 蹴ることないじゃない! どんな事情があるか知らないけどさっ!」

 カトレアは従者のような二人の少女の間に強引に割り入ると、長身の少女を真っ向から睨みつけた。

「貴様……マーシャ様になんて口の聞き方だ」

「マーシャ様、ご命令を。ただちにこの無礼者を切り伏せてしまいましょう」

 カトレアの態度に遠慮の無い悪意を口にする二人。一人はふくよかな体型でパーマをかけたようなもじゃもじゃ髪の少女。もう一人は薄くソバカスを残したキツネのような顔つきの少女だ。

 しかし当の長身の少女――マーシャはカトレアの睨みに動じた様子もなく、庇うように立つ二人の少女の行動を制止する。 

「あなたたちは黙っていなさい。……どちら様ですの? その制服、クラス〈Ⅰ〉の方々ですわね。この愚図とはどういったご関係なのかしら」

 マーシャは倒れたままのメルシェスを一瞥してからカトレアに微笑を向けた。
 気絶してしまったのか、メルシェスはぴくりとも動かない。
 横目に心配そうな視線を向けてから、質問にはアリアが答えた。

「学生番号六二〇四番、クラス〈Ⅰ〉在籍のアリア・フェルドです。メルシェスは私の友人だ。無意味な暴力を振るわれて見過ごせる道理はないだろう」

 努めて丁寧に答えたアリアの口調は険しい。
 マーシャはカトレアに視線を移した。「あなたは?」とでもいいたげだ。

「……同じく、カトレア・ユアレよ。あたしはメルシェスって子のことは何も知らないけど。でもね、アリアの友達ならあたしの友達だもん。友達が蹴られて良い気分なんかするわけないでしょ」

 それぞれの自己紹介を聞き終えて満足したのか、少女は微笑みを絶やさず、優雅に髪をかきあげた。

「学生番号六二七六番。クラス〈Ⅱ〉のマーシャ・カミリオンですわ。この二人はわたくしの部下でシェラとハネア」

「…………」

「…………」

 シェラ――ふくよかな少女とハネアと呼ばれたキツネのような少女は無言のままだ。その瞳は今にも掴みかかってきそうなほど鋭い。

「カミリオン……?」

 心当たりがあるのかカトレアが小さく首を捻る。

「よしなに。それにしてもこんな愚図とご友人とはクラス〈Ⅰ〉の方々は変わっておられますのね。ですが、これはわたくしたちのクラスの問題ですの。引っ込んでいてくださらないかしら」

「……そういわれて、はいそうですかと言うとでも思っているのか」

 馬鹿にするな――。そう言わんとするアリアの声をマーシャはあっさりと首肯して見せた。

「思っていますわ。わたくしに楯突いたことを見逃してさしあげるといっているんですもの。もちろんありがたく享受なさるのですわね?」

「ふざけるのもいい加減に――――」

「ぷへぁっくちょ――――――――――――――――ん!」


          †


 沈黙が訪れていた。

「…………」

「…………」

「…………!」

「…………!」

「あが~…………さぶいねえアリア」

 沈黙。

 それもとてつもなく軽い沈黙だ。
 話の腰はもはやバキバキに折れてしまっていた。

 だが当の彼女は、仕方ないではないかと思った。
 くしゃみは生理現象だし、こういったものは勢いよくやったほうがスカっとするのだ。無理にこらえようとするほうが気持ち悪い。
 そんな言い訳を内心で試みながら、カトレアは会話の止まった周囲をみやった。

 アリアは絶句し、シェラとハネアは面食らったように二歩ほど後ずさった。

「うー。さぶー…………」

 いまだむずむずとする鼻水をすすり、両肩を抱くように手でこすっているカトレアに、アリアはなんともいえない表情で口を開いた。

「あなたという人は……」

「えへへ」

 じっとりとしたアリアの呆れ顔をみながら、カトレアは恥ずかしそうに笑いかける。

 わずかに和んだ雰囲気――そこに、棘が突き刺さる。

「…………カトレアさんといったかしら? 貴女、マナーがなっておりませんのね」

 震えるような彼女の強張った声に、部下二人がマーシャに向き直って口々に悲鳴のような叫びをあげた。
マーシャは顔をそっとハンカチで拭っていた。

 目の前に対峙していたカトレアは、彼女の身になにが起こったのかを瞬時に理解した。

「貴様……!」

「マーシャ様になんてことをっ!」

 そう――目の前に、対峙していたのだ。口を押さえようともしなかったくしゃみの行方は言わずもがなだった。

「――――おやめなさい!」

 カトレアに掴みかかった二人を一喝するマーシャ。
 その迫力に息を呑んでカトレアから手を離すと、シェラもハネアも無言で道を譲る。
 マーシャは前へと歩み出ると、カトレアに向かってにっこりと微笑む。

「…………」

「いやぁ、これは生理現象というか……ね?」

 苦笑いを浮かべてカトレアは言い訳をするが、彼女は微笑みを浮かべたままだ。
 そしてひとしきり拭い終わったのか、無表情にハンカチを背後へと投げ捨てる。

「人様に向かってくしゃみをするなど下品にもほどがありますわ。カトレアさん、貴女は一度淑女のマナーというものを習ったほうがよろしくてよ。よろしければわたくしが――――教えて差し上げましょうか」

 瞳が鋭い眼光に豹変し、マーシャは次の瞬間カトレアに向かって剣を勢いよく引き抜いた。

「わッ!」

 目を見開き、寸でのところでそれを躱すとカトレアはたたらを踏んで大きく後ろへ下がった。

「ちょっと……なに考えてンのよ! こんな場所でッ!」

「わたくしの剣で教えて差し上げますのよ。感謝なさい。ほら、まずはその足。そんなに大股を開いてしまってははしたなくてよッ!」

 非難の声を無視し、マーシャは返す刃で足を狙って突いてくる。カトレアはステップを踏んで後ろに下がりながらよける。

「ほらほら、どうしたんですの? まるで不恰好なダンスですわね。でも、わたくしと踊るにはいささか練習不足なんじゃありませんこと?」

 あからさまな挑発にカトレアは歯を噛み締める。
 こんな道のど真ん中で剣を振るうような馬鹿がいるとは――いや、それ以前にたかだかくしゃみでそこまでするのかという動揺のほうが先にたった。

 マーシャの動きは速い。ただの高圧的なお嬢様と思っていたカトレアは認識を早々に改めなくてはならなかった。しかもそれでもまだ手を抜いているのだということがわかる。

 このままではやられる。
 わずかに躊躇したが決断は早かった。やるしかない。
 カトレアは腰に手をかけて自らの剣を――抜き放てなかった。

 目線は相手を捉えたまま腰にパンパンと手をやり、青ざめる。

「あたし今日……剣、もってきてなかったやぁ…………」


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